徐々に自信を取り戻してきた。
サーフィンも仕事も伸び伸びと出来るようになってきた。
自信を持って楽しんでやる、ということを意識するようになった。
「やりたいようにやるんだ」
しかし、それは鬱状態から上がったばかりの自分にとって、簡単なことではなかった。
順風満帆な時は全く感じていなかった思考に陥る。
「どうせ自分なんか…」
「自分はダメなやつなんだ」
思った通りに運ばないと、影が心を彷徨い始める。
影から逃げると、どこまでも追われる。
影は追いかけると、逃げていく。
頭では分かっていても、なかなか出来ない。
一歩を踏み出すことが、なかなか出来ない。
踏み込んでは逃げ、また奮起して踏み込んでは逃げた。
それは長い旅のようだった。
実際に私は会社を辞めて一人旅もした。
サーフボードを3本車に積んで、西日本の太平洋側を回った。
自分探しと同時に、サーフィンを通じて自分を取り戻すためでもあった。
四国を過ぎ、九州に渡ったころに気がついた。
いつまで旅をしていても何も変わらない。
旅は旅でしかない。
逃げることをやめて、挑戦しよう。
大会にもう一度出よう。
昔、自分が悩んでいる時にボロクソに言ってきた人たちの前で実力を発揮しよう。
それが出来たら、弱い自分に本当に勝てる。
己に克つ。
一人旅を終え、私は勇気を出して、彼らが主催する大会にエントリーした。
昔はスペシャルクラス(スポンサーがついている選手の出るクラス)に出ていた。
しかし、競技サーフィンから遠ざかっていた為、一般クラスの中で一番上のクラスに出場した。
私は順調に準決勝まで勝ち上がっていった。
しかし、実力は発揮していなかった。
クラスを下げているので、流していても勝てたからだ。
失敗することが怖かった。
これでは己に克ったとは言えない。
彼らも認めてくれない。
準決勝は、台風の影響で海が荒れた。
私以外の選手は沖に出られなかった。
私は最大クラスの波に乗り、大技に挑戦した。
沖まで歓声が聞こえるくらいの技が決められた。
着地は成功したが、直後に転んだ。
ジャッジの評価で技が無効になった。
転倒が技によるものと判断されたからだ。
私はそのまま荒波に飲まれて、二度と沖に出られなくなりタイムアップとなった。
波打ち際で少しだけ乗った人がファイナルに進んだ。
私は負けた。
しかし、私は自分に勝った。
ちっとも悔しくなかった。
彼らの前で、最高の演技を出来たことが最高に嬉しかった。
「なんだ、俺、できるじゃんか」
赤いゼッケンをつけたまま、10分くらいかけて流された先から岸に上がってきた。
ジャッジをやっていた、主催者の人たちがこっちを向いている。
私は彼らに一礼をした。
彼らは私の方に向かって、笑顔で親指を立ててくれた。
「惜しかったな!」
「はい。でも、これが今の実力です。ありがとうございました。」
私は会場を去った。
長い旅が終わった。
私はサーフィンをやめることにした。