出会い

サーフィンを始めたのは16歳の時だ。

夏休みに友人の家族旅行に混ぜてもらいハワイに行った。

悪友たちと夜遊びをするよりマシだと母は快諾した。

ハワイに着くとワイキキビーチで友人とサーフィンの体験レッスンを受けた。

肥満だった友人は立つことが出来なかったが、私は直ぐに立つことが出来た。

こんなに面白いものがあるのかと心を奪われた。

人生を変えたサーフィンとの出会いである。

持たされていた小遣いを全て使ってウェットスーツとサーフボードを買った。

帰国後、友達と連れ立って千葉の海に行くようになった。

皆んな、悪ガキだった。

金がないからと、一番安い切符を買って最終電車で海に向かった。

駅に着くと、すぐにホーム逆側の線路に飛び降りて隠れた。

電車が発車し、駅が鎮まるのを静かに待つ。

暫くすると線路を歩いて途中で道路に降りた。

何回か見つかって地元の夜警に追い回されたのを覚えている。

海に着くと野宿をした。

夜は冷えるのでサーフボードケースの中に入って寝た。

暫くすると、友人が浅草橋のサーフショップでバイトを始めた。

千葉にクラブハウスがあり、月4000円で使い放題だった。

金曜日の夜に店に集まると、先輩たちの車に乗せてもらえた。

キセルと野宿の生活から解放された。

しかし、そこは完全な縦社会だった。

全国トップレベルのライダーを筆頭にヒエラルキーが出来上がっていた。

雲の上の先輩たちに憧れて、掃除、パシリ、肩もみ…何でもこなした。

2DKの部屋に10人くらいの雑魚寝。

混んでいる時はトイレの前に寝て夜中に何回も踏まれた。

そんな生活が2年くらい続いたある日、ルーズソックスを履いた女子高生3人組が入ってきた。

初めての後輩だった。

妻との出会いである。

覚悟

去年の12月にステント手術を行った。胸にある癌が大きくなってきて大静脈を閉塞した。CTスキャンの画像を見た

続きを読む>>

一筋の光

私は諦めの悪い男だ。 オプジーボは前回6分の1量で投与した。それは世界的な事例に基づいた判断だった。今回は

続きを読む>>

暗雲

暗雲が立ち込めた。遂に恐れていた事態が起きた。病気が再発した。 全く腫瘍がないとは思わなかった。しかし、少

続きを読む>>

運試し

最後にオプジーボを投与してから随分時間が経った。1年弱、癌が再発しないで押さえ込まれているのは初めてである

続きを読む>>